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TMWその4ナンバーナイン宮下さん編(最終回)
今シーズンでその歴史に自ら幕を閉じるナンバーナイン宮下さんもTMWに参加していただいた。当時清永さんが宮下さんと飲んでいるときにTMWの話になり、宮下さんもミッキーが以前から好きだったということで「まだ間に合いますか?」「ぜんぜん間に合います、ぜひおねがいします」と僕。ナンバーナインのことはこのとき知った、ブレーク前夜である。当時のナンバーナインのオフィスは青山の裏手の静かな場所に位置していた。土曜日は比較的時間があるということで、打ち合わせはいつも土曜日午後1時、普通のサラリーマンの僕には少々辛かった記憶がよみがえる。1時にオフィスに伺うと清永さん同様まだ宮下さんはいなかった。おしゃれは少々時間に甘い、僕の頭にインプットされた。ほどなく宮下さんがあらわれる。とても素朴で物静かな印象。そしておもむろにミッキーのデザイン画を提示される。早い。そう、あの伝説のロックなミッキー誕生の瞬間である。実はこのとき3パターンのデザインが存在していたが最終的に2パターンになった。そしてカラー展開は所謂ミッキーカラーとモノクロのナンバーナインカラーの2配色で決定。早い。だが、スタートが遅かったのが響き、結局6月2日のオープンには間に合わず、サンプルを展示して受注販売という形をとった。特殊な販売形態ということもあり、即完売にはならなかったが、その後のナンバーナイン店舗での販売は即完売でプレミアムがつくほどになり、その後はニセものに悩まされることになる。もちろんナンバーナインそのものもその後のブレークぶりは周知の通りである。

トーキョーミッキーウィークス2000は2000年6月2日から27日の間、本当にたくさんのたくさんの方々の協力のもと、原宿の遊歩道沿いの小さなショップで行われた。この後、ほどなくミッキーは、ディズニーアパレルはしっかりとファッションとして認められ、ミッキーTeeをおしゃれに着こなしている若者を毎日どこかで見ることができるようになった。大変だったけれども僕の仕事人生のなかでもとりわけ印象深い、そして意義深い仕事となった。焼き肉屋での打ち上げの後、FCRBのミッキービブを着て原宿を歩いたあの頃が懐かしい。
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